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あな特インサイド

インタビュー

「19歳の女性の苦悩に伴走(後編)」黒田記者に聞く。

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記者だから、人に寄り添う、並走する

 投稿をするために、わざわざ「あな特」に登録してくれたこと、読者でもない19歳の子が新聞社に頼ってくれたことに、黒田記者はヒカルの追い詰められた想いを感じ取っていた。 「すぐには取材はできない」と思ったが、LINEで返信、その後なんどもやりとりを交わすことになる。児童福祉法の保護の対象にならなくても「20歳前後の若者を一時的に保護してくれる『子どもシェルター』を運営する民間団体」を紹介したり、みずから法テラスに連絡を取り解決策を探ったりもした。

 〝ダメ元で送った愚痴〟に、まっすぐに向き合ったメッセージが返ってきたことにヒカルは驚きと大きな感動を覚えた。黒田記者が送った「もう十分よく頑張ってこられたと思うので、頑張りすぎず甘えていいと思います」という文面に、ヒカルは「涙が止まらなかった」と話す。「LINEが消えてしまわないようにログをバックアップしたほどでした。この言葉であの時どれほど心が軽くなったことか。今でもあの衝撃と感動を忘れません、人と関わることの大切さを知りました」。

 LINEでのやりとりを2ヶ月重ね、黒田記者がヒカルと初めて会ったのは2019年の11月。改めてしっかりと話を聞き、3回にわたってヒカルと対面で向き合った。それまでヒカルから聞いた内容をまとめた原稿を彼女に見せ、「嫌じゃなかったら記事として書かせてもらいたい」と話してみた。「自分の弱音、愚痴をこういうちゃんとした記事に書いてもらえるのですか」と、ヒカルは涙を流した。

 2019年12月18日から27日にかけて、ヒカルの苦悩、そこに寄り添う黒田記者の想いが凝縮された記事は、連載「19歳の地図」タイトルでホームページに掲載された。ヒカルとのやりとりを時系列で記した記事は、リアルな表現で、法の壁や年齢の壁、障害の壁に翻弄される19歳の女性の想い、社会の矛盾を浮き彫りにし、大きな共感を呼んだ。

 ヒカルの話を書くことに、黒田記者にはためらいもあったという。精神的な虐待は、肉体的な暴力や性暴力に比べて深刻さがわかりにくく、しっかりと伝わるか、という心配があった。親から衣食住を面倒見てもらっているヒカルが、精神的に虐待されているというのは「甘えだ」という反論が出ることも考えられた。しかし、ヒカルの問題は、実は彼女一人だけのことではなく、年齢や障害の壁で同じ苦しい思いをしている子はたくさんいるはず、伝えることは社会的に意義がある、という想いが黒田記者の背中を押した。

 記事を読んで、ヒカルへのメッセージがたくさん寄せられた。「勇気をもらった」という同じような悩みを持つ人からの声も届いた。自分の思いが記事になって発信できたこと、そしてそれにたくさんの人々が共感してくれたことにヒカルは自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。

 12月末、ヒカルは、実家を出て一人ぐらしを始めた。急な引越しに驚き、怒る母親はヒカルに説明を求めてきた。黒田記者はヒカルの相談にのり、母親と落ち着いて話すためのアドバイスを行った。母親とヒカルは、互いに自身の苦しみ、想いを伝え合い、和解ということではないが、以前よりも分かり合えるようになっているという。

 記者が取材対象者にどこまで深入りするのか。「19歳の地図」は、黒田記者にそんな問題を突きつけた。今までの取材では中立でいないといけないという気持ちが強かったというが、「やっぱり寄り添ってあげるからこそ書けるものがあるんじゃないかなという気持ちになりました」と彼女の中でも変化が生まれていた。あまりべったりしすぎても相手にとっても良くない。寄り添いつつも自分は自分という距離感を保つ。葛藤を覚えながらも「あな特」での取材が、そんなひとつの答えを黒田記者にもたらしたのだ。

 あの日、「あな特」に投稿したことについてヒカルは「本当に誰でもいいから助けて欲しかったんです。とにかく家から逃げたくて」と改めて振り返る。「でも今思い返してみると自分が本当に望んでいたのは行動的な逃げ場では無く、信頼できて、話をまともに聞いて受け止めてくれる大人の存在が居て欲しかっただけ」。

 ヒカルは黒田記者との出会いで、人の関わり、支えの偉大さを痛感したといい、助けられた側から助ける側になれたらと考え始めている。「今の生活に余裕が出来たらそのような問題に困っている方に情報提供したり、直接お会いして話し合ってみたりするボランティア活動や、最近は、西日本新聞に入社して記者になりたいなという気持ちがフツフツと湧き出てきています」。

 黒田記者は、19歳だからこそ悩んでいる人の想いに寄りそう連載を、これからも続けていくという。ヒカルとは、並走しながら、見守っていくつもりだ。

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連載「19歳の地図」を書いた 黒田 加那(くろだ かな)

2015年入社。東京都出身。佐賀総局を経て、2019年からクロスメディア報道部。 「共生社会」をテーマに、あなたの特命取材班に届く多くの人の困り事に向き合い、取材している。